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空のおとしものが終わったと思ったらソラノヲトが始まった、
な、何を言ってるか分かんねーと思うが(ry

開始数分でタイトルが出て梶浦由記作曲のOPの前奏のフリュートが聞こえてくる。
汽車が広野を行く。
この時点で神アニメセンサーがピピッと働く。
おそらく今期で一番期待できるアニメ。
監督はコメットさんやエルフェンリートの神戸守、
OPの作詞作曲は梶浦由記、絵はエルフェンリートに続きクリムトのコラージュだ。
アニプレックスの子会社っぽいスタジオが作る
オリジナルの作品ということで気合が入っている。
ただ1話の街の伝承からして主役5人に死亡フラグが既に立っているのが不安。
あまり宣伝しすぎると作品がこけた時にロミオXジュリエットの時のように
おわび行脚をする羽目になるから注意が必要だw
まさかあんな結末になるとは…。

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お待たせしました。
このアニメは破綻を大量に抱え込んでおり1つ1つ説明するのもアホらしい。

・主人公の境遇
そもそも前作では「ナチュラルの中のコーディネイター」という
SFとしての「なけなしのリアリティ」があったのに
今作ではスーパー超人コーディネイター軍団に身を置くシン・アスカ。
戦争で家族を失った悲しみを胸に戦うのだが
とにかく妹の死のバンクがうざいほど流れる。
キーとなる妹の死を(スタッフが)うまく消化できなかったため
キラ・ヤマトに比べると主人公らしく見えない。
というかキラに主役の座を奪われた悲劇の主人公。
なぜかキラを逆恨みして執拗に敵視する。
名前の由来は前作の主人公がキラ・ヤマト=大和時代だったので
その次の飛鳥時代からだと思われる。

・Zガンダムとの相似
本作は意図的にZガンダムになぞっている部分があるが全て失敗している。

ステラ・ルーシェ=フォウ・ムラサメ
我々はフォウやその妹分達を何度も何度もスパロボやGジェネで
説得したり殺したりしているのに、またか!の一言に尽きる。
結局ラストは巨大MAに乗って散華。
シンはステラの死体を湖へ遺棄、立派な犯罪です。

暁=百式
金色のMSなんだけど、あれは金色好きな永野君が「赤い」彗星を
無理矢理百式に乗せることに意義があるのであって
単純に金色に塗ればよいというものではない。

「地下にガンダムが隠してあるぐらい言ってくださいよ!」→マジで隠してある
地下に~はZガンダムのカツのアムロに対するセリフ。
一方我々のキラ君はテロリストに襲撃を受けた時に
地下に隠してあるガンダムで脱出、最高です。

アスラン=クワトロ?
第一話でクワトロらしきサングラスで登場のアスラン。
かなりへたれ化しており主人公を導く立場にありながら常に言葉が続かない。
「シン!」「それは…!」
2度も軍隊脱走経験のある熱狂的なラクス教カルティストとしても有名。

・新スターウォーズ3部作との関連
本作はむしろスターウォーズとの関係で読み解いた方が早いかもしれない。
ファーストもスターウォーズと比較されやすいのだし。
シン=アナキン アスラン=オビワン デュランダル=パルパティーン ステラ=アミダラ
こう見るとステラが死んでシンが復讐鬼に成り果てるのがよく分かる。

・見せ場
戦闘機3機合体というロクでもないMSを活用するシーンが印象的。
MAが陣取っている難攻不落の要塞に奇襲をかけたり
戦闘機を敵にぶち当てて撃墜する(対キラ戦)等一部魅力的な戦闘シーンあり。

・やってはいけない集
前作で死んだキャラが仮面の男として復活、ただし敵。

突然平和的だった議長が政策実行のためには皆殺しも厭わぬ暴君に。

遺伝子が全てを決めるデスティニープラン。
国が職を斡旋してくれるのだが育った環境とか考えろよ。

強すぎる前作主人公。アムロなんかZではガンダムに乗せてもらえなかったのに。
遂には前代未聞の主人公交代劇が起きた。

インフィニットジャスティスというアフガン戦争のコードネームをMS名に起用。

その他諸々。

お疲れ様でした。
最後に全話買って見終えた人達の怒号と悲鳴を置いておきますね。
「製品」として成立していない、という批判が痛烈。
http://www.amazon.co.jp/product-reviews/B000AAJS1C/ref=cm_cr_pr_helpful

「涼宮ハルヒの憂鬱」、この作品は少なくとも第1期は名作である。
どこが素晴らしいか、全てにおいて素晴らしい。

実はこの作品の原作はそれほど面白いものではない。
奇妙な女子高生涼宮ハルヒの周りに宇宙人・未来人・超能力者が現れて
なんとなく日常が進行していくが最後は主人公とキスをしておしまいという退屈な小説である。
こう解説してしまうと何とも身も蓋もないのだが。

さて京都アニメーション(以後京アニ)はこのメインストーリーを分解し
以降のストーリーにある短編をいくつか挟み込んだ。
特にわざわざ6巻から持って来たライブアライブは名エピソードで
なんとちゃんと楽器を持った手が動く。
「耳をすませば」では楽器の演奏シーンに半年かけたと言われているが
CGで処理されていたり不自然な顔のアップが多いとはいえこれは青天の霹靂であった。
もっともちょっとしたミステリーの孤島症候群の前後編の間に
別エピソードを挟まれた時は殺意が沸きもしたが。

このようにアニメ涼宮ハルヒはメインストーリーが縦糸、短編を横糸に話が進む。
しかし現在発売されている媒体では
作品が時系列順に並んでいるので是非放映順に観てほしい。

山本寛(やまもとゆたか、以後ヤマカン)が作ったエンディングの踊りも必見だ。
なぜWikipediaはヤマカンのドラムの作画だけに触れて
ドラムで培ったリズム感が作り出す絵コンテに触れないのか不思議でならない。
他にも畑亜貴の詞、平野綾の歌等見逃せない要素はたくさんある。

声優の平野綾は必見だ。平野は涼宮ハルヒを演じるにあたって
持っていたものを全て吐き出したように思える。
そもそも同じキャラクターなのに全く違う声色がいくつもある。
それで当時女子高生だった平野とハルヒがダブって見えてくるのだ。
平野はOP・EDも歌っており彗星の如くデビューしたように見えるが
実は子役の頃から役を積み重ねてきた演技派である。

さてでは「ハルヒ」をそろそろヤマカン去りし現在の京アニと比較してみようか。
まずはライブアライブと「けいおん!」だ。
けいおん!ではとにかく演奏時の手元を見せない演出が目立った。
そもそも描けないのならそんな題材を持ってくるべきではない。
ライブシーンでは某バンドのプロモーションビデオをそっくり真似したらしい。
要するに、逃げた

ハルヒ第2期のエンドレスエイトでは同じプロットの話を8回も繰り返すという
前代未聞の不祥事を起こした。
エンドレスエイトは夏休みの終わり2週間を15500回繰り返すという話だ。
製作陣はハルヒを作り上げて去っていった人達に土下座すべきだと思っていたら
なぜかヤマカンが土下座していた。
な、なにを言っているかわかんねーと思うが俺もどうにかなりそうだった。
http://www.j-cast.com/2009/07/21045735.html
ヤマカンは「2話が限度」だと言った、私もそう思う。
1話目で既にループに入っており2話目で解決編、それでよいではないか。

これまでの京アニはよかった、しかしこれからは先行きが不安である。
京アニ幹部は土下座してでもヤマカンを連れ戻すべきであろう。

一体何でまた古いアニメの評論なんかをしているのかということですが。
ヤマカン(山本寛)も言うとおりアニメというのは批評が決定的に欠けているジャンルです。
あったとしてもキャプチャーした画像と一緒に
「ここがよかった」とか部分的に書いているものばかりで
全体を通した批評がなかなか見当たらない。
テキストだけの重いレビューはとりあえず絵がかわいければいいや、
という風潮に抗うという意味もあります。
また筆者自身が2ちゃんねるの住人で「面白いアニメを教えろ」というスレが立つたびに
同じ内容のことを何度も書いていたりするのでその整理も兼ねているのです。
ちなみに記事は後から無断で加筆・修正されることがありますが悪しからず。

以下は今後の予定です。
・涼宮ハルヒの憂鬱対けいおん!
・FF11の踊り子とWoWのRogueの比較
・作詞家畑亜貴について
・天空のエスカフローネ
・機動戦士ガンダムSEED DESTINY
・交響詩篇エウレカセブン

以前紹介したエルフェンリートのOP曲「Lilium」(リーリウム)であるが
OPそのものと合わせていくつかの事実が判明したので追記しておく。
この歌はラテン語で書かれているがいくつかのグレゴリオ聖歌と
聖書の一説をつぎはぎして作られている。
そのため歌詞のどの部分で検索してもキリスト教関連のページに辿り着くわけだ。
os iusti meditabitur sapientiam.(正しき口は英知を物語るであろう)等。
ラテン語の解説書を紛失してしまったので逐語訳はできないのだが
http://www.youtube.com/watch?v=Ap_YJVsZgLE
の英訳を手がかりにして翻訳するとこのようになる。

正しき口は英知を物語るであろう
そして彼の者の舌は裁きを告げるであろう
誘惑に耐える者は幸いなり
なぜならば一度試されれば
命の冠を受けるであろうから

主よ、神の炎よ、慈悲を与えたまえ

おお 何と神聖な 何と静粛な
何と慈悲深い 何と愛らしい
おお 清純な百合よ

歌詞タイム(タイトルの読み等が一部いい加減)
http://www.kasi-time.com/item-21457.html

こちらでも検証されている。
http://www.marchhare.jp/diary/?200409

accipiet coronam vitae(=accept corona of vitae)
はcorona vitae(命の冠)がキリストの受難の茨の冠と対比されており
「人生の王となりうるであろう」という意訳ではこの対比が削られてしまう。

さてOP映像だがこちらにはクリムトという前衛に片足を突っ込んだ画家の絵が使われている。
とは言っても人物がアニメキャラクターに無理矢理改変されており
かなりシュールである

サビの部分のキリエエレイソンのところでは
「抱擁」という絵が使われているのだが
少女のマネキンを抱くコウタが描かれている。
次に来るのは「あちゃー」といった感じでそれを正視できず手で目を覆うルーシー
(実は「女の三体」という絵の老婆の構図)
そして大きく浮かび上がる「KYRIE IGNIS DIVINE ELEISON」
(「主よ、神の炎よ、慈悲を与えたまえ」)の文字。
これは明らかにロリコンの悲哀を表しており見る者の胸に突き刺さるものがある
一応萌えアニメなのに制作者は分かってやっているのが丸見えである。

このアニメの監督は神戸守(かんべまもる)といい
「コメットさん☆」のようなかわいらしい作品を多く作るのだが
一体彼の身に何が起きてこのような怪作が出来てしまったのだろうか



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